プリニウス
古代ローマの大プリニウス=博物学者のガイウス・プリニウス・セクンドゥスが書いた、
自然界を網羅する全37巻に及ぶ百科全書『博物誌』の中にアルミニウムに関する記述がある。
ある職人によって粘土から抽出されたアルミニウムは、
驚くべき軽量の輝く見事な金属の杯となる。
ただ皇帝は自分の金や銀の価値が台無しになると考え、
この職人を処刑してしまったという話だ。
かつて北の鎌倉と称された我孫子に動物園
そんなアルミを素材とした動物たちが、
我孫子市のあちこちに姿を現した。
かつて志賀直哉や武者小路実篤、
柳宗悦といった白樺派の文人や杉村楚人冠などの文化人が住んでいたことから『北の鎌倉』と称されていた我孫子。
その我孫子市が市制50周年を迎えるにあたって開催したのが、
『我孫子動物彫刻展 島田忠幸 プリニウスの動物たち』だ。
毎年5月に行われる我孫子の街を散歩しながらアートを巡る市『我孫子アートな散歩市』の20回目はコロナの影響で来年に延期となってしまったが、
それを開催していたアートで地域おこしを進める市民サークル『我孫子手づくり散歩市』が企画した。
今回の動物たちを創作した島田忠幸氏は、
お隣の取手市に住む彫刻家。
その島田氏がアルミ板を成型した実物大の動物彫刻で、
『博物誌』の世界を表現している。
追うプリニウス・逃げるプリニウス
以前足を運んだ『我孫子国際野外美術展』に出品された作品が今回改めて登場していて、
それが『追うプリニウス・逃げるプリニウス』。
その時は広場に一列に並んでいて最初と最後があったが、
今回は輪になっていて始まりも終わりもないままひたすら追いかけっこ。
同じ作品ではあるが、
今回の展示の方がある意味タイトルには合っている気がしないでもない。
作品プレートの作者の言葉
心の意識の中で常に何かに脅えたり、逃げたいと思う強迫観念はだれにもあるだろう。時代に先頭を走っていた者の価値観が変わったら追われる者になっていた。戦前戦後またはコロナ禍。なにが善で悪だかわからない時代を感じる。追う者がいつの間にか追われる立場になり逃げることのできない時代。
なにが善でなにが悪だかわからない時代…。
確かにそうとも言えるが、
そうでないとも言える。
誰かのものさしと違う誰かのものさしは、
目盛りが違うかもしれない。
いつまで経っても終わりのない追いかけっこ。
でもそこから外れるという選択肢もあるはずだ。
追いかけっこを眺めて佇むことだってできるはずだ。
ハシビロコウ
水の館という建物が、
手賀沼遊歩道沿いにある。
プラネタリウムがあったり、
展望室や農産物直売所やレストランがある。
手賀沼に暮らす鳥や魚、
植物などの生き物についての展示がされている『手賀沼ステーション』には3つの作品が展示されていた。
そのうちの1つが、
『動かない鳥』と言われている『ハシビロコウ』。
ちなみにハシビロコウは和名で、
クチバシの広いコウノトリという意味だ。
昔はコウノトリ目だとされていたが、
現在はペリカン目になっている。
国際自然保護連合の絶滅のおそれのある種のレッドリストではハシビロコウは、
特に絶滅の危機が高いとされる3つのカテゴリーの三番目の危急種(VU=Vulnerable)に指定されている。
作品プレートの作者の言葉
動かない鳥として人気が高く、目は鋭く、精悍な顔立ちのハシビロコウだが、羽を広げると2.5mにもなり飛べる。その翼が気になり作ってみた。
その翼の部分は、
気になっていたと言う割になぜか骨格になっているところがまた面白い。
ハシビロコウが飛んでいる姿は、
ちょっと見てみたい気がする。
ダチョウ
身の危険が迫ると、
敵の姿が見えなければ敵にも自分が見えないだろうとばかりに砂の中に頭を突っ込んで現実から目を背ける大きな鳥。
このイメージは、
まさにプリニウスが『頭と首を茂みの中に押し込んだとき体全体が隠れていると想像する』の受け売りでしかない。
ハシビロコウと違って、
ダチョウは飛べない鳥だ。
その代わりに早く走れるわけだけど、
彼らにとっては本当はどちらが良いのだろう?
作品プレートの作者の言葉
鳥の中で最も足が速く、時速60Km以上で走ることができ、背の高さは2.2mにもなる。このダチョウは進化が進み100kmで走ることができる。
ここに出てくる『このダチョウは進化が進み100kmで走ることができる』みたいだが、
確かによく見るとその進化の跡がちゃんとあったのにはクスっとさせられた。
シマウマ
今はJR我孫子駅の近くにあるインフォメーションセンター『アビシルベ』に展示されているはずだが、この時はまだここにあった。
シマウマの縞は、
確かにカモフラージュの意味があるようだ。
何頭も一緒にいるとそのうちの一頭に狙いを定めるのは難いだろうし、
距離感も狂いそうな気がする。
面白いのは地毛の方は表面のように縞模様にはなっていなくて、
黒色に灰色を混ぜたような一色だけということ。
作品プレートの作者の言葉
美しいシマウマの縞模様が気になっていた。虫除け迷彩いろいろ説があるが定かではない。この模様をいかにして描くか、思いついたのが日本画で使う青銀箔。かなりシュールで良い。時間が経つと青銀なので経年変化で黒っぽくなるのも楽しみだ。
作者が言うように経年変化で縞が黒っぽくなっていくのは楽しそうだが、
この青銀箔もとてもキレイだ。実際にこんな色の縞模様を持つシマウマが発見されたら是非見てみたいものだ。
見上げればアフリカ(キリン)
日本の動物園に初めてキリンがやってきたのは、
1907(明治40)年のこと。
上野動物園園長の石川千代松がキリンを購入する予算を獲得する為に伝説上の麒麟と騙って購入したという逸話は有名だけれど、
これはどうやら違うみたい。
とは言えなかなか面白い話ではある。
この1907(明治40)年という年は、
麒麟麦酒株式会社創立の年でもある。
とは言え、
こちらのシンボルはキリンではなく聖獣麒麟の方だ。
このシンボルの図柄のたてがみのところには、
『キ』と『リ』と『ン』の三文字が隠されているのはかなり有名な話だけれど未だに意外に知らない方も居る。
もしもまだ見たことがない方は、
探して発見すると案外楽しいのでお試しあれ。
作品プレートの作者の言葉
人類の祖先はアフリカで誕生して長い時をかけ現在にいたっている。アフリカが我々の故郷だ。キリンの首はあれほど長いのできっとアフリカが見えているはず。
交差点の脇の広場に展示されているのはキリンの首から上だけだが、
それでもかなりの大きさだ。
多分実物くらいの大きさだろう。
それでもかなり大きいわけで、
全体をつくったら相当大きくなってしまうだろう。
ただその姿も少しは見てみたい気がした。
存在の不条理(イノシシ)
獣肉を食べることに忌避感があった江戸時代は、
猪肉は『山くじら』と言われていた。
当時は鯨が魚扱いで食べることが許されていたので、
隠語であるこの名で供されたらしい。
そういえば歌川広重の『名所江戸百景』の中の1つに、
この『山くじら』の看板が出ている雪の風景の作品があった気がする。
ところでこの作品は、
『杉村楚人冠記念館』の庭の一角に展示されていた。
園内で最も古い建築物で、
楚人冠の母親が住んでいた澤の家の先だ。
イノシシが二頭向かい合っている。
この後この二頭はどうするのか?
どうなるのか?
片方は地面を蹴り上げもう一頭に向かおうとしており、
片方は迫ってくるのを待ち構えているという感じだ。
こういう場所に作品が置かれていると、
とても良いなと思う。
やはり動物なんだから屋内に閉じこめて展示するよりも、
屋外に居る方が良く似合っている。
作品プレートの作者の言葉
哺乳類は約4500種いるが、中でも嫌われ者はイノシシだ。人に見つかると退治され、鍋の中。でも大丈夫、子沢山だから。
イノシシが嫌われ者かどうかは別として、
確かに彼らは人に見つかると退治はされるし牡丹鍋にはなってしまう。
存在の不条理というのは、
なかなか面白い。
だからと言って、
子沢山だからでも大丈夫というのも何だか不条理な感じだけどね。
プリニウスのサイ(インドサイ大)おやサイ(インドサイ小)
サイの種類は5種類。
このインドサイの他にはシロサイ、クロサイ、ジャワサイ、スマトラサイ。
インドサイといえば、
アルブレヒト・デューラーの犀の木版画が有名だ。
作者本人は実物を見ないままこれを創ったという話があるけれど、
実際はどうだったのだろう?
サイと共にもう一匹(?)一緒に展示されていのは、
最初に見た『追うプリニウス・逃げるプリニウス』みたいな感じだけれどどうなんだろう?
作品プレートの作者の言葉
制作にあたり、いきなり大きなモノを作るのは難しいし困難だ。まずは、床に3分の1の絵を描きそれに沿って番線を曲げて立体彫刻デッサンを作る。それを頼りにアルミニュウム板を切ったり叩いたり。あるいは溶接して小型サイズの作品が出来上がり基本原型となる。これからが本番だ!小さいサイは子供ではなく親サイになる。
この最後の『小さいサイは子供ではなく親サイになる』、
というところが良いな。
ワイヤーアートによるマケット
手賀沼公園ミニSL子ども広場には、
ワイヤーアートによるマケットが何体か置かれている。
イノシシやシマウマやゴリラのマケット。
アルミを素材にした作品の手前のものだから若干存在感は薄いが、
子ども達はこれが何の動物かがわかった時にはきっと喜ぶに違いない。
この作品の元を見てから実際の作品を見ると、
もっと面白いはずだ。
どうせだったら、
それぞれの完成形と一緒に展示されていたらもっと楽しかったかもしれない。
ここには作品プレートはなかった気がする。
カモノハシ
カモノハシは、
約1億5000万年前に他の哺乳類から分岐した動物の末裔らしい。
ずっと変わらず今も存在しているのは、
水中で暮らせるよう進化したからだろうか?
そんなことを考えているとやはり実物に会ってみたくなる。
それにしても、
なぜこの作品の展示場所が銀行の中なのだろうか?
銀行の機能そのものには用がないのに、
わざわざ作品を見る為に中に入るのにはちょっとどうなのか?とは思ったが見ておいて良かった。
作品プレートの作者の言葉
日本の動物園にはいない。オーストラリアに行けば見られる。歯がなく、子供を卵で産む唯一の哺乳類。銅箔を張り付けて仕上げた。
そうだった、
日本にカモノハシは居ない。
オーストラリアにしか生息していない。
オーストラリア政府に大事に保護されている上、
長距離移動にとても弱いらしく他に運ぶのは難しいということみたいだ。
タコ壺の兵士(プレーリードッグ)
プレーリードッグは訳すと『草原の犬』ということになるけど、
実際は犬ではなくてリスの仲間だ。
天敵が近づくと犬のような鳴き声を発することから、
その名前が付いたみたいだ。
確かに巣穴から顔を出し、
すぐに立ち上がり周りを見て監視する姿は実に面白いし可愛い。
動物園で発見するとずっと見てしまう動物の1つではある。
これも銀行の中に展示されていたが、
やはり違う場所の方が良かったのでは?と思ってしまう。
作品プレートの作者の言葉
巣穴から顔を出し、すぐに立ち上がり周りを見、監視するする姿が実に面白いし可愛い。映画「硫黄島からの手紙」で、兵士が塹壕を掘りながら海を見、監視するでもなく立ち上がる姿と重なりプレーリードッグに鉄兜を着けてみた。
プレーリードッグから映画『硫黄島からの手紙』という飛躍は面白いけど、
何も鉄兜まで着けなくてもと思いつつ妙にその姿は可愛いというよりも不思議な感じで決して嫌いじゃあない。
恋するゴリラ
手には花が数本握られている。
好きなメスに贈ろうとしているのだろう。
そういえばこのゴリラの鼻はハートの形っぽい。
実際ここまでハート型ではなかった気がするがまあ恋するゴリラだからね。
ところでゴリラが両手で胸をたたくドラミングは、
威嚇や攻撃開始のサインではないらしい。
自己主張だったり相手と戦わず引き分ける為の表現という説が有力みたいだ。
動物園でゴリラを見ていると、
逆にこちらが見られている側のように感じることがある。
何だか久しぶりに会いに行きたくなった。
作品プレートの作者の言葉
ゴリラは荒々しく粗野なイメージがあるが、知能が高く繊細な性格でとてもシャイ。好きなメスが前にいるとイジイジして目を見ることすらできない。威嚇するときは両手で胸をたたき、音を出しドラミングする。戦いを避ける行為だ。
見た目と中身は違うものだ。
良い場合もあれば当然逆のこともある。
どちらも良いに越したことはないけれど、
どちらか選べと言ったらみんなどちらを選ぶのだろう?
中身に決まっているじゃんなんて言っている人ほど外見を気にするんだろうな。
なんとなくそんな気がする。
開催概要
会期
- 2020年10月1日~11月19日
展示場所
- シマウマ:我孫子インフォメーションセンター/10月19日(月)~11月19日(木)9:00~18:00 ※10月1日(木)~18(日)は水の館
- カモノハシ・タコ壺の兵士(プレーリードッグ):千葉銀行我孫子支店/10月1日(木)~11月19日(木) 9:00~21:00
- プリニウスのサイ(インドサイ) :我孫子市生涯学習センター/10月1日(木)~11月1日(日)9:00~21:00 ※10月26日(月)休館
- ワイヤーアートによる動物のモケット:手賀沼公園(ミニSL 子ども広場)/10月1日(木)~11月19日(木)終日
- 存在の不条理(イノシシ):杉村楚人冠邸園/10月1日(木)~11月19日(木) 9:00~16:30
- 恋するゴリラ :我孫子市役所/10月2日(金)~11月19日(木)8:30~17:00 ※土・日・祝日休み
- 見上げればアフリカ(キリン) :ゲートスポット/10月1日(木)~11月19日(木) /終日
- ハシビロコウ・ダチョウ :水の館/10月1日(木)~11月3日(火)9:00~17:00 ※第4水曜日休館
- 追うプリニウス逃げるプリニウス:手賀沼親水広場/10月1日(木)~11月19日(木)終日
アルミでつくられた動物たちが点在している期間は、
手賀沼周辺がある意味動物園になる。
ただどうせなら全て野外に展示してほしかったけれど、
まあいろいろな事情もあるのだろう。
それを差し引いても、
自転車でこれらの動物を巡ることができたのはなかなか楽しかった。
もっと沢山の動物たちが居れば、
更に楽しかったに違いない。
いつかわからないが、
更に規模を拡大した動物園がまたいつの日にか出現したら良いなと思う。
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