
2つある83番札所
さて、
新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリング。
今回は、
取手市井野地区から昌松寺を訪れる。
ここは83番札所なのだが、
83番札所は他にもあり二ヵ所に存在している。
もう一ヵ所は、
は白山諏訪宮。
この諏訪山医王院昌松寺は、
天文年間(1532~1554)に大鹿城の鬼門除け・大鹿氏の祈願寺として創建されたと伝えられている。
元々は昌松寺は諏訪山(白山)にあったらしいが、
大鹿城衰退により現在23番札所のある井野台 薬師堂のある場所に移ったらしい。
その際、
23番と83番の2つの札所があるのはいかがなものかということで白山に返したという話がある。
昌松寺はその後、
現在の場所である井野に移ったみたいだ。
白山に返したという話ではあるが、
結局現在の昌松寺にも大師堂がある。
井野 昌松寺

入り口には、
真言宗諏訪山医王院昌松寺とある。
そこを進んでいくと、
正面には山門があり左手には弘法大師修行像がある。

山門は18世紀中頃の建立らしく、
明治六年(1873年)の火災で寺院焼失の際に燃えずに残ったものだ。
境内には、
何やらいろいろな新しい石造物や陶器の像が散らばっているが古いものは殆どない。








手水舎も、
まだ新しい。

その先には、
仏足・仏手石という石が置かれている。

本堂もさほど古いものではなく、
昭和四十一年(1966年)に再建したもの。

本堂左手には、
諏訪宮の扁額が掛かっている鳥居。

奥には、
狛犬とその先に石祠。

石祠は、
諏訪宮。

本殿左手には、
更にいろいろ。
こちらは、
へび塚。

鯉が泳いでいる、
小さな池。

正徳四年(1714年)、
弁財天の石祠。

中は、
新しいものに差し替えられている。

脇には、
弁財天の使者白へび塚。

83番

それで、
83番の大師堂。

面白い形をした、
御詠歌額。

中は、
こんな感じ。

弘法大師の石造以外にも、
いくつか祀られている。

大師堂の側面と裏には、
彫刻が施されている。
こちらは、
左側面。

こちらが、
右側面。

裏は、
こんな感じ。

四國八十三番、
とある札所塔。

延宝八年(1680年)、
三猿庚申塔。

元和六年(1620年)、
三猿庚申塔。

というわけで…
今回の新四国相馬霊場八十八ヶ所と周辺スポットポタリングは、
取手市井野地区から。
新四国相馬霊場札所、
井野 昌松寺 83番。
83番札所はこの昌松寺の他に白山諏訪宮にもあり、
二ヵ所に存在している。
古い石造物は殆ど無いが、
元和六年(1620年)と延宝八年(1680年)の三猿庚申塔がある。
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