我孫子手賀沼ハケの道ポタリング…杉村楚人冠記念館

杉村楚人冠記念館

杉村楚人冠句碑の先には杉村楚人冠記念館がある。

杉村楚人冠記念館とは?

▲ 母屋正面

楚人冠がこの地の移り住んだのは関東大震災後1924年のことだが、手賀沼の鴨猟を取材してその風景に魅せられ別荘を建てたのはもう少し前の1912年のことだ。

その旧杉村楚人冠邸の母屋をそのまま利用したのが『杉村楚人冠記念館』。

この母屋は、建築界の黒羊を自称した建築家である下田菊太郎の設計で建てられた平屋建ての部分と、後年増築した二階建ての書斎の部分から成っている。

▲ 二階建ての部分

また、平屋建ての部分は屋根が低すぎて掛軸がかけられないなどの問題があったので、改築を何度となく行ったみたいだ。

ハケの道を外れて杉村楚人冠句碑のある高台の横の道を進むと、この記念館の庭の方の入口が見える。

そこから庭を通って上って行くと母屋がある。

▲ 『杉村楚人冠とその邸宅』案内パネル

館内では、楚人冠が残した多数の書籍や書簡を中心に、展示を開催している。

杉村楚人冠記念館の庭

▲ 庭園側の入口から入る

下の入口から入ると芭蕉が植えられている。

▲ 芭蕉

進むと道が二手に分かれる。

▲ ベンチの先に貯水槽

左にあるのは別棟の浴場があったところ。

▲ 貯水槽

戦後取り壊されて、浴槽に入れる水を貯めてぬるめた貯水槽のみが残っている。

▲ 下の池

この池では鮒や鯉を飼っていた。一時期ガチョウを放し飼いにしていたこともある。

▲ 上の池(淀み井)

上の池の水は下の池に流されたり浴場にもひいて使われていた。金魚とメダカを飼っていて、その金魚をカワセミが狙ってきていたようだ。

▲ 湧き水(走り井)

再び二手に分かれる。上に行く階段の脇には湧き水(走り井)。まっすぐ行くと左手に『澤の家』がある。

▲ 澤の家

ここは園内で最も古い建築物。

▲ 澤の家は志賀直哉邸跡の書斎と同じく佐藤鷹蔵がつくったもの

一家で転居した後は楚人冠の母親が住んでいた。

▲澤の家の中

ハロー(石砕機)や田舟、

▲ 押し網

更に押し網などが展示されている。

▲ この建物は殆ど崩壊していたらしい

この建物は殆ど崩壊していたのを復元している途中。

訪れた時はまだ『プリニウスの動物たち~存在の不条理(イノシシ)』があった

湧き水(走り井)横の階段を上って行く。昔はここに土産物に作られた埴輪が並んでいたそうだ。

▲ 階段上から見下ろした風景

左手には入口。

▲ 入口が『杉村楚人冠記念館』ではなくて『杉村楚人邸園 明田緑地』なのだ

右手には記念館。

▲ 記念館の手前

記念館は元々母屋だったところだから記念館の入口は母屋の玄関だ。

▲ 記念館玄関

蔵もある。

▲ 蔵は自転車置き場になっている

楚人冠が好んで各地から取り寄せた椿もある。

楚人冠が好んだ椿の花
▲ 楚人冠が好んだ椿の花

母屋の玄関を通り越して先に向かう。

▲サロンの外観

サロンの南側の部屋は、現在は窓のあるサンルームとなっている。

▲ 窓のあるサンルーム

落成当初はベランダだった。

▲ 母屋正面

母屋の先には茶室がある。

▲ 母屋の下に見える茶室

ここは『清接庵』と名付けられた。

▲ 普段は外から見るだけ

通常は中に入れないが、茶室を利用したイベント時には中に入ることができる。

▲ 茶室『清接庵』

このように庭園を歩くだけもなかなか良いところなのだ。

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