我孫子手賀沼ハケの道ポタリング…瀧井孝作仮寓跡(寿古墳公園)

ハケの道、旧村川別荘を訪ねた後は、またゆっくりと自転車をこいで先へと進む。

すぐに『手賀沼ハケの道と旧村川別荘』の冒頭に出てきた、『ハケの道と湧水』の説明パネルが右手に登場する。

▲ 『ハケの道と湧水』の説明パネル

その先の左手には富枡旅館への坂道。その手前には階段があり、そこに案内柱がある。

▲ 『瀧井幸作仮寓跡(寿古墳公園)』案内柱

書かれているのは『瀧井幸作仮寓跡(寿古墳公園)』。ちょうどこの湧水の上の方にそれはある。

水神宮碑

▲ 水神宮碑

左手は駐車場になっているのだが、その角のところにひっそりと水神宮碑が祀られている。ハケの道からだと案内板に隠れて見逃してしまいそうな地味さだ。

▲ ハケの道の案内板…『Takii』のはずが『Taki』になっている

しかも道側はこの碑の裏側なので、回り込まないとこれがいったい何なのか?すらわからない。水神宮だから沼の方を向いているのは当たり前なんだけどね。

そういえば、水神宮碑は手賀沼自然ふれあい緑道にもあった。北と南それぞれに祀ったのかどうか?はわからないが時代が違う。

水神宮
▲ 手賀沼自然ふれあい緑道の水神宮

緑道の方は『明和二年二月吉日 建立 水神宮 平成十六年七月吉日』とあった。これは西暦だと1765年。

こちらの方は、最初の部分が欠けてしまっていたが、多分『文政八酉正月吉日』と彫られている。西暦だと1825年だから60年も違う。

子の神古墳群

▲ 階段を上って行くと…

右手の階段を上っていくとまた案内柱がある。

▲ 再び案内柱

そこを入っていく。もう少し先まで上り切って、右に行っても別の入り口があるのでそちらからも入れる。

▲ 斜面の林を上って行くと…

手前で入ると、公園というか林の中という感じだが、人が歩けるようになっており、斜面を上っていく。

▲ 斜面には様々な植物

上り終わると左手にはベンチがぽつんとある。

▲ 少しだけ違和感のあるベンチ

残念ながら座っても眺めは良くない。

▲ ベンチからの眺めは木々に閉ざされている

ここに至る途中だと、晴れた日には手前の木々の隙間から手賀沼が遠くにキラキラと見える。

▲ 木々の隙間から見える手賀沼

右手には柵に囲われた土が盛り上がった場所がある。古墳公園というのだから、これが古墳のはずだ。

▲ 子の神古墳群5号墳

この辺りは古墳が数多く存在している。いわゆる子の神古墳群だ。

一基の前方後円墳と十三基の円墳からなる群集墳で、六世紀初頭から末にかけて造られたものらしい。

そのうちの一つがここにあるわけで、はっきりと墳丘がわかる。この大地の先端にあるのが5号墳で、周辺からは女性の埴輪も発見されている。近くに4号墳もあるが、どうやら民家の中にあるみたいだ。

この子の神古墳群以外にも、手賀沼周辺には随分と沢山の古墳があった。ここを含む根戸から高野山の地区にかけては前方後円墳6基,円墳約60基があった。

湖北地区には円墳が約30基。要は合わせて100基に近い古墳が確認されていたことになる。

そのうち、今でも残っているのはいくつくらいだろう?きっとかなりの数が消えていったに違いない。

無責任に残念だと言うのは簡単だけれど、これだけ多くの古墳があって、出土品もそれなりにあっただろうに、何か違う道もあっただろうにと思ってしまう。

瀧井孝作仮寓跡

▲ 『子の神四・五号墳と瀧井幸作仮寓』説明パネル

それで瀧井幸作仮寓は?と言えば、『跡』なだけに何も残っていないようだ。古墳と木々があるだけの場所。よって『瀧井孝作仮寓跡』とはなっているが、どちらかと言えば『古墳』メインの公園という感じだ。

瀧井幸作って?

ちなみに、瀧井幸作は正岡子規の高弟として高浜虚子と並び称され、俳句革新運動の代表的人物として知られる河東碧梧桐に師事した俳人。

その後は芥川龍之介や志賀直哉に兄事して小説も書いている。芥川賞の第一回から第八十五回までの選者でもある。

川端康成と『無限抱擁』

川端康成に『稀有の恋愛小説』激賞された『無限抱擁』で知られているが、残念ながら読んだことはないが、本人の体験を描いているらしい。

川端康成の『雪国』の冒頭は、この小説に影響を受けているという説があるとどこかで読んだ気がする。

浅川駅よりトンネルもなくなり空は夜明であった。

車室の窓ぎわで一人、信一は、靄の間から麦の穂の赤んで居る有様に向いて、「もう麦が赤む」と呟いた。

瀧井幸作『無限抱擁』より

どうだろう?

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

夜の底が白くなった。

信号所に汽車が止まった。

向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落した。

雪の冷気が流れこんだ。

娘は窓いっぱいに乗り出して、遠くへ呼ぶように、「駅長さあん、駅長さあん」

明りをさげてゆっくり雪を踏んで来た男は、襟巻で鼻の上まで包み、耳に帽子の毛皮を垂れていた。

川端康成『雪国』より

まあ何とも言えない。

そういえばこのタイトルって『夢幻泡影』からきているのだろうか?読みは同じだもんな。まあいい。

というわけで…

▲ 蜜柑の木を始めとして様々な木がある

そんな瀧井孝作がここに住んだのは僅か一年ほど。志賀直哉に誘われてのことだった。ただ志賀直哉が京都に引っ越すと、後を追うようにここを離れている。

古墳にも興味なし、自然にも興味なし、瀧井孝作にも興味なし、の人にとっては、全くもってつまらない場所かもしれない。

▲ 台地の先端からの風景は開けているわけではない

でもね、木々の隙間からキラキラと輝いている手賀沼はなかなかどうして美しいし、古墳があることだってよく考えたらなかなかステキなことだ。

そういう意味では、ちょっと立ち寄るには決してダメダメな場所ではないと思うし嫌いじゃあない。ただ期待をしたらガッカリすることはほぼ間違いがない。

それにしても古墳をメインに打ち出した方が良いだろうに、瀧井幸作メインなのは、やはり志賀直哉繋がりだからだろうか。まあどうでも良い話だけど。

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